宇宙の存在理由の説明をどうするかが今後の大きな課題 究極の宇宙物理学へ
宇宙がビックバーンで始まったとすることは、宇宙背景放射をとらえて納得している天才の学者の話。
しかし、そのビックバーンはなぜ起きたか、今、『インフレーション』で始まった。という理論が認められている。
真空の宇宙には、ミクロの世界の素粒子と反素粒子がぶつかり合い、できては消えを繰り返して、宇宙の真空には物質が充満している。とされて、その巨大な重力で、小さな点のような物質が生まれて、それが、この真空中のエネルギーで、指数関数的に膨張して、相転移をして熱を発し、ビッグバーンが起きたとされている。
世界の物理学を検証する人達が、競ってそのインフレーションの証拠を探している。2014年にアメリカの大学の研究チームが、南極の観測でインフレーションの痕跡を観測したとして発表しましたが、研究者などの検証作業で、ノイズであったらしいとされて発見とはならなかった。
現在、このインフレーションの痕跡は、宇宙背景放射にインフレーションの重力波が起こした痕跡が残るとして、ブラックホールの合体、中性子星の合体、超新星爆発などの重力波望遠鏡とは違う装置で観測が続いている。
ヒッグス粒子が見つかった?見つけた?、私は、ヒッグス場、というこの宇宙に充満する『場』が重力を素粒子に与えている。ということが、良く理解できないでいる。
ダークマターの存在がいろいろな方法で掴めつつあるが、このダークマターとヒッグス粒子の整合性が納得できないでいる。
このヒッグス粒子の重さが、宇宙で安定的な重さか、不安定な重さかで宇宙の姿が変わるという。
ヒッグス粒子の重さが不安定な重さに位置していて、広がろうとする真空のエネルギーで、ヒッグス粒子が不安定状態になって崩壊した場合、我々の宇宙は真空崩壊してしまう、と言う仮設が成り立つという。
現在のヒッグス粒子は安定でもなく、不安定な状態でもない事がそのヒッグス粒子の重さから判断されてるそうだ。
ヒッグス粒子が、実際の重さでは、中途半端な重さの状態で、ある意味で、不安定な重さで観測される。もしかして、量子力学のトンネル効果で、安定する場所に瞬間的に移ることが考えられて、その場合は、宇宙は真空崩壊するということである。仮設であり証明はされていない。
そこで、重さが大きい、超対称性粒子が発見されていないが、あるはずだとする理論と、マルチバース理論が存在している。
超対称性粒子の理論を支持する人達が、円周の加速器ではなく、直線の長いもっと大きなエネルギーの加速器(今でも光の速度にかなり近いが、もっと光の速度に近づけた粒子加速器)を造り、陽子の衝突ではなく、電子同士の衝突で(間違いました、陽子と電子の衝突)重い超対称性粒子を探そうということのようだ。
インフレーション理論から、或いは、超ひも理論から、マルチバースが多くの人に支持されつつある。
マルチバース論は、インフレーションが起こると、次から次へとインフレーションがおこり、宇宙が沢山存在していて、真空のエネルギーが強く、その宇宙には、物質を構成する時間的余裕もなく、膨張がはやく、真空だけが存在する、何も存在していない宇宙があったり、インフレーションの膨張速度が遅く、物質が多く造られて、ブラックホールばかりがある宇宙があったりしていることもあり得る。そんな理論である。
私達の宇宙は、インフレーションで膨張したが、真空のエネルギーが少し弱く、ダークマターができあがり、素粒子を引きつける重力が存在して、簡単な物質の水素とヘリュームができあがり、物質が造られる宇宙ができあがったとする理論である。我々の宇宙は希少な宇宙かもしれない、と学者は言う。
我々の宇宙は、インフレーションで、凄まじい膨張に打ち勝つダークマターが造られる余裕が存在して、しばらくは、ビッグバーのエネルギーによる膨張で進み、何かのはずみで真空のエネルギーが、働き出して、激しい膨張を始めたとする理論である。ここから、一神教的思考で、我々人間の存在は必然か偶然かという物理学者の問いが成立しているらしい。
ごく最近に宇宙の初期、ビックバーから、1億数千年経過した頃の、初期宇宙の水素を発見した。とニュースに出た。この時点で、ダークマターが存在してのではないか、ということになる。
真空のエネルギーは、指数関数的に増えてゆくので、我々の宇宙では、今、宇宙の初期の約130億年以上の昔の電磁波が届いているが、膨張を考えると、現在は観測不能な遠くの宇宙まで膨張していると計算されている。約450億年まで遠ざかっているとされる。電磁波では、追いつけない速度で膨張しているということである。
宇宙も永遠ではないし、太陽系も永遠ではない。我々人類も、僅か2万年くらい前から、ホモサピエンスとして栄えてきたが、動物的に考えると、75億人というのは、生物の異常発生である。
いずれ人類も絶滅してしまうだろう。異常発生か、或いは、過去に起きた地球の寒冷化、激しい火山活動による温暖化などの要因かもしれない。
太陽系は銀河の中を、約2億年かけて一周しているそうだ。銀河系の中の何らかの重力バランスがあり、周回している状態で、太陽系内の無数の小惑星が大きく動き出す可能性もあるし、太陽と地球の距離も動かされる事もありえる。
そうした宇宙的要因で、気候も変化する可能性がある。化石から、銀河のスパイラルアームの中を通過中に寒冷化を引き起こした可能性を指摘されている。
現在の地軸の傾きが変化して起こる気象の変化。過去に何度も起きている磁場の逆転現象。磁場が逆転する時に、暫くは磁場が発生しない可能性が指摘されている。磁場が無くなると、宇宙からの高エネルギーの粒子が地球に直接降り注ぐことになる。太陽風の粒子も同じである。そうした状態でのシュミレーションも行われている。空気にこれらの粒子が衝突して熱を持ち、空気中の水蒸気がドンドン雲になってゆき、太陽光を遮り、寒冷化すると言われている。
突然ではあるが、一神教の人達の人間観は、神→人間→自然界。こうした順序で考えてきたので、自然界と人間をかなり引き離して、人間対自然界、という2原論で科学技術が発展した。そこで、こうした、宇宙物理学の世界での言い訳に、人間はこの宇宙に何故、存在しているのか、何故、存在できたのが、宇宙物理学の目的である、と詭弁を弄する。
であるから、絶対の神の次に偉い人間は、この宇宙に存在するのが、必然か偶然かという議論ができる。
日本人の自然観に、大自然の中の一部として存在する生物、とか、大自然に育まれ(はぐくまれ)て存在する、という自然観が存在する。大自然への畏敬の念からそうした観念が生まれているらしい。
災害列島の日本の縄文人のころからの、大自然への畏敬の思いが、巨岩に神を巨木に神を、太陽に神を、月に神を、火山に神を考えて、災害は、諸々の神の怒りとして、あがめて、あらゆる神を信仰してきたようだ。
そうした神のあり方を、大陸から渡ってきた、稲を持つ倭人との交流と闘いを繰り返してきたが、縄文人の神のあり方を持続して持ち続ける民族になってゆく。古事記の中の『やまたの大蛇退治』の話は、暴れ川の神に娘を人身御供とする風習に、治水工事をしたことの話ではないかとされている。
日本人の思考は、大きな自然の一部としての存在。大自然に生かされている存在。とする思考方法がとられてきた証拠は今も存在する。こうした思考を今は無いとする人が多くいるが、その生活スタイルに自然と内包している。
日本だけしか存在しなくなった、大乗仏教からは、この大きな、わけの解らない自然観もあって、大自然とは一体であるとする観念が根底に潜んでいる。一神教は絶対なる『神』が世界の中心に存在する。この絶対の神という考えでは無く、大乗仏教では、中心は『空』であるとした、そのために、あらゆる事柄の存在が肯定される観念様式が存在している。
大乗仏教では、この世の中心は『空』である。とする。中心が『空』であるから、あらゆる考え方が、その空の部分の周囲に存在ができると考えることができる。すなわち、科学でも、唯物論でも、唯心論でも、他の要素から学ぶことを規制しない、何にでも囚われない、拘りの無い世界観を提示している。宇宙も全てが、『空』であるとする。
日本人的思考でいうと、右でもない、左でもない、上でもない、下でもない、非常に曖昧であり続けてきた。だからこそ、あらゆる思考方法を入れることができて、しかも排除するのではなく、日本的な要素を残して、新しい思考方法も受け入れる、という柔軟性が存在する。言い換えれば、曖昧模糊、としているし、ファジーな決めつけない思考が存在する。
日本人には、『1+1=2』ではないのである。1+1=2a であったり、1+1=3b であったりしても納得する国民性があります。
宇宙は数学で書かれている。と物理学者は言いますが、量子力学の確率的な与えが出る事も含めて、絶対の『神』の存在、または、いずれ出てくるでしょうアインシュタインの理論を超える理論が、しかし、宇宙を完全に理解するのは、難しい事で、不可能に近いでしょう。そのときにどうするかが、人間にとっての正念場になるのではないか、そう感じます。